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	<title>感覚と生きづらさ &#8211; しのぶの備忘録</title>
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	<title>感覚と生きづらさ &#8211; しのぶの備忘録</title>
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	<item>
		<title>人に頼れなくなった理由は、子どもの頃に身についた考え方だった</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 17 Dec 2025 12:20:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[人に頼れない]]></category>
		<category><![CDATA[子どもの頃の記憶]]></category>
		<category><![CDATA[家庭環境]]></category>
		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[考え方の癖]]></category>
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					<description><![CDATA[人に頼れないのは性格ではなく、子どもの頃に身についた考え方だった。今も変わらない自分と、そこから選んだ生き方について書いています。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<p class="is-style-dent_box">子どもの頃、何かを買ってほしいと親にお願いしても、<br>叶うことは、ほとんどなかった。<br><br>それがいつしか、<br>「お願いしても無駄だ」<br>という考え方になっていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">お願いしても叶わなかった子どもの頃</h2>



<p>そういう経験が、何度も続いた。</p>



<p>それが自分の中で当たり前になり、<br>お願いしても買ってもらえないのが<br>普通だという認識に変わっていった。</p>



<p>だんだん、<br>お願いをすること自体が<br>無くなっていった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「頼ることはいけない」と思うようになった</h2>



<p>人にお願いすること、<br>頼ることは、<br>よくないことだと<br>自分の中で位置づけられてしまった。</p>



<p>大人になって、<br>何も言えなくなってしまった。</p>



<p>むしろ、<br>言おうという考えすら<br>持たなくなった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">一人で背負い続けた結果、今も残っていること</h2>



<p>この行為は、<br>他人に負荷をかけることだと<br>感じていた。</p>



<p>自分の成長を妨げる<br>弱い部分だとも<br>思っていた。</p>



<p>その結果、<br>自分ですべてを背負い込み、<br>蓄積し、<br>身も心も<br>ボロボロになっていった。</p>



<p>今でも、<br>誰かに何かを<br>お願いすることはできない。</p>



<p>だからこそ、<br>周りに頼らなくても<br>進める自分でありたいと思っている。</p>



<p>それは強がりではなく、<br>今の自分が選べる、<br>生き方の一つだ。</p>


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				<div class="p-blogCard__inner">
					<span class="p-blogCard__caption">しのぶの備忘録</span>
					<div class="p-blogCard__thumb c-postThumb"><figure class="c-postThumb__figure"><img decoding="async" src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-6.png" alt="" class="c-postThumb__img u-obf-cover" width="320" height="180"></figure></div>					<div class="p-blogCard__body">
						<a class="p-blogCard__title" href="https://shinobu-bibou.com/false-family/" target="_blank" rel="noopener noreferrer">愛情のない偽りの家族で育った私 | しのぶの備忘録</a>
						<span class="p-blogCard__excerpt">私には、父が2人います。 幼い頃に両親が離婚し、その後まもなく、母は別の男性と再婚。 そうして「血のつながらない父」と暮らす日常が始まりました。 今回は、その継父と&#8230;</span>					</div>
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		<item>
		<title>「死にたい」と思いながら生きてきた、私の話</title>
		<link>https://shinobu-bibou.com/about-death/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Jun 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[#死にたいと思ったこと]]></category>
		<category><![CDATA[#無気力]]></category>
		<category><![CDATA[#精神的な疲労]]></category>
		<category><![CDATA[#自殺未遂]]></category>
		<category><![CDATA[しのぶの備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-8-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>幼い頃から「死にたい」と思い続けてきた私が、なぜ今こうして生きているのか。その理由と葛藤、自分なりの答えを率直に綴りました。
]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-8-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>「死にたい」</p>



<p>幼い頃から何度も考えた。</p>



<p>実際、死のうとしたことも何回かある。</p>



<p>そんな生活を繰り返して、今、“死”というものに対して</p>



<p>私が思う事。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">私の「死にたい」という気持ち</h2>



<p>基礎疾患、いじめ、ブラック企業など、いろんな場面で、事あるごとに</p>



<p><strong>「死にたい」と感じていました。</strong></p>



<p>その時によって意味合いは少し変わりますが、</p>



<p>「疲れたから終わりにしたい」というイメージです。</p>



<p>渦中にあるとき、一切停まることは許されず、</p>



<p>延々とマラソンをしている気持ちになります。</p>



<p>しんどくても、のどが渇いても、足が痛くても</p>



<p><strong>休むことは許されません。</strong></p>



<p>ゴールにはいつたどり着けるのか、本当にあるのか。</p>



<p>自分は何のためにこんなことをしているのか、わからなくなります。</p>



<p>生まれてこなければよかったとさえ思っていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">私が“死ねなかった”理由</h2>



<p>常に何か問題が起きていて、そのたびに「死にたい」と感じていた私が、</p>



<p>なぜ、ずっと踏みとどまっているのか。</p>



<p>それは、自分の命を放棄することは、私にとって責任が大きすぎたからです。</p>



<p>以前、私の基礎疾患について書いた記事があります。</p>



<p>そこにも書きましたが、私は幼い頃から基礎疾患を抱えていて、</p>



<p>死に直面することが何度もありました。</p>



<p>生き続けられたのは、母親が自分の人生を犠牲にして守ってくれたからです。</p>



<p>そんな私の命を、私はたやすく放棄することはできませんでした。</p>



<p>どんなにつらくても、走り続けるしかなかったのです。</p>



<p>これは、ポジティブな感情ではなく、</p>



<p>ネガティブな感情としての<strong>「義務感」</strong>でした。</p>



<p>この経験が足を引っ張って、楽になれない。</p>



<p>そう感じていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">実際に自殺を試みて、分かったこと</h2>



<p>とはいえ、自殺を試みたこともあります。</p>



<p>ふと、本当に死ねるのか。簡単なのか、難しいのか。どんな気持ちになるのか。</p>



<p>そんな好奇心が「死にたい」という気持ちの背中を少し押したのです。</p>



<p>タイミングはバラバラですが、これまでいくつか実行してみました。</p>



<p>これを書いている時点で、死ねていないというのが答えですが、</p>



<p>その過程で、いろいろと分かったことがありました。</p>



<p>まず、<strong>「簡単ではない」という事</strong>。</p>



<p>人の体は思ったよりも頑丈にできていて、そう簡単には死に直結しないのです。</p>



<p>結構な労力や力が必要で、<strong>「面倒くさいな」と感じたのを覚えています</strong>。</p>



<p>次に、意外にも“死”に対しての恐怖心はあまりなかったということ。</p>



<p>いざ実行となると死ぬのが怖くてできない。</p>



<p>そうなると思っていたのですが、そこは問題ありませんでした。</p>



<p>最後に、やっぱり命の重みが私にのしかかってくるということ。</p>



<p>この経験を得て、私はどれだけ辛いことがあっても</p>



<p><strong>死ぬという選択肢は取れないのだと気づいたのです</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現在の「死にたい」という気持ち</h2>



<p>今になっても「死にたい」と思うことは頻繁にあります。</p>



<p>いろんな経験を経て、私は人にストレスを感じるようになりました。</p>



<p>そんな私が、人としてこの世の中で生きているのだから、</p>



<p>当然、この気持ちは無くなりません。</p>



<p>実際に「死にたい」という意味ではありません。</p>



<p>あくまで、「面倒くさいから終わりたい」という気持ちです。</p>



<p>もし、<strong>ストレスを感じない方法があれば、死ぬ必要はありません</strong>。</p>



<p>ただ、何十年必死に調べても、そんな方法は存在しないのです。</p>



<p>他人に悟られることなく、相手に合わせて対応し、</p>



<p>一人ひっそりと、この感情を押し殺していくしかない。</p>



<p>これからも、そんな意味のない人生を、ただただ繰り返していくのでしょう。<br><br><br><br></p>



<p>「死にたい」と思ったことがある人は、少なくないと思います。</p>



<p>人によって、とらえ方や程度はそれぞれ違うでしょう。</p>



<p>同じように感じてる皆さんも、きっと本当に「死にたい」わけではなく、</p>



<p><strong>それしか選択肢が無いからだと思います</strong>。</p>



<p>いつか、最善の解決策が見つかることを、心から願っています。</p>



<p>最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。</p>
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		<title>感情がないと言われて。私は本当にそうなのか、自分と向き合った</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jun 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[感情との向き合い]]></category>
		<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[しのぶの備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[感受性]]></category>
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		<category><![CDATA[感情表現]]></category>
		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自分探し]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>「感情がないよね」──そう言われたあの日。怒りも悲しみもなく、ただ驚いた私が、自分と向き合いながらたどり着いた“本当の感情”とは。人に合わせて生きてきた日々と、その苦悩、そして今の私を語ります。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>ある日、同級生にこう言われました。</p>



<p>「○○って、<strong>感情がないよね</strong>」</p>



<p>怒るでもなく、悲しむでもなく</p>



<p>私はただ、驚いてしまったのを覚えています。</p>



<p>今回は、そんなふうに<strong>人からどう見られていたのか</strong>、</p>



<p>そしてそれに<strong>どう向き合ってきたのか</strong>を振り返ります。</p>



<p>自問自答をくり返しながら歩んできた、自分探しの記録です。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">私に感情はないのか、自分と向き合い始めた</h2>



<p>初めて言われたのは、小学生高学年の頃でした。</p>



<p>どんな内容の会話をしていてそう言われたのか</p>



<p>もしくは唐突に言われたのか</p>



<p>あまりのインパクトにその辺は忘れてしまいました。</p>



<p>驚いたのは自覚が無かったからです。</p>



<p>その時から私は、</p>



<p>「<strong>自分は感情表現が下手なのか、もしくは感情自体が欠落しているのか</strong>」</p>



<p>と考えるようになりました。</p>



<p>それまでの人生ですでに色々経験していた私は、</p>



<p>確かに欠落していてもおかしくないと思いました。</p>



<p>ただ、もともと感情表現が得意ではないのも事実でした。</p>



<p>どっちが正解なのか答えが出ず、もんもんと考える日々が続きました。</p>



<p>そんなことをこの年齢で考えていることが異常だったと、今では思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">過去を振り返り、私の中で出した答え</h2>



<p>結局、答えが分からないまま時が流れます。</p>



<p>それから1,2年後、また違う人に言われたのです。</p>



<p>言い方や文言は違いますが、同じ内容でした。</p>



<p>その後も、言われることがあり、スパンは短くなって結構言われるようになりました。</p>



<p>途中から私も本気でこれはよくないと思い、真剣に対策していこうと決意しました。</p>



<p>となればまずは、原因の追求から。</p>



<p>そう考えた私は過去を振り返り、いつから、何をきっかけに感情が表に出無くなってしまたのか</p>



<p>探すようになりました。</p>



<p>幼い頃から基礎疾患で病弱だった私は、もともと感情表現が苦手でした。</p>



<p>ずっとネガティブになりますし、それがずっと続くと虚無に入ります。</p>



<p>それから親の離婚・再婚、いじめなどを経験してきた私は、それらが蓄積して</p>



<p>感情が欠落しているんだと答えを出しました。</p>



<p>人よりも感情が薄く、他人にストレス、違和感、面倒を感じさせているんだと</p>



<p>問題を明確に捉える事が出来たのです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">誰も知らない、私も知らない、本当の私</h2>



<p>原因が分かったのであとは対策です。</p>



<p>どうすれば、感情を表に出せるのか。</p>



<p>私は自分の感情をオーバー気味に表現するようにしました。</p>



<p>皆はどう表現しているのか観察し、良いバランスで感情表現ができるように</p>



<p>そうすればきっと、自分と他人の差異をなくせると思ったのです。</p>



<p>この原因や解決法を考えつくまで何年もかかりました。</p>



<p>いろんな事を考え、悩みましたが、この原因・解決策が</p>



<p>一番正解に近いだろうと思いました。</p>



<p>そうして、変化をし出して間もない頃、こう言われました。</p>



<p>「<strong>人間っぽくないよね</strong>」</p>



<p>この時、私の考えが全て間違っていたことに気づきました。</p>



<p>辛くて、悲しくて、消えてなくなりたいと思ったのです。</p>



<p>でも、そこにいたのは、一切顔色を変えず、相手に合わせて話を進める私でした。</p>



<p>一番言われたくない人に、一番言われたくない言葉を言われて</p>



<p>悲しくないわけがないんです。</p>



<p>これがきっかけで本当の私を知ることができました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">私の感情と本音</h2>



<p>つまり、感情表現が下手なのでも、感情が欠落しているわけでもありませんでした。</p>



<p>私はこれまでの経験で、人に合わせる生き方しかできなくなっていたのです。</p>



<p>相手の感情を読み取り、それに対して最善の対応、感情を出す。</p>



<p>そうして、本来の感情とは異なる感情を生み出すことで、無機質な感情表現が</p>



<p>出来上がったのです。</p>



<p>それに違和感を抱いた周りの人は</p>



<p>「感情が無い」</p>



<p>とそう表現したのかもしれません。</p>



<p>恐らく本来の意味は</p>



<p>「人間味が無い」</p>



<p>と言うことだったんだと思います。</p>



<p>私には、<strong>感情も本音もあります。</strong></p>



<p><strong>でも、出すことはできないのです。</strong></p>



<p>相手が求めるものを出さないと。誰も傷つけたくないから。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分を受け入れ理解するという事</h2>



<p>私は今でも、本音や本来の感情を出すことはほとんどありません。</p>



<p>ただ、あれからさらに経験し、努力を重ねた結果、もうそんな言葉を言われることは</p>



<p>なくなりました。</p>



<p>誰に対しても、どんな時でも、最善で違和感のない自然な返答ができます。</p>



<p>それはおかしくないか？それでいいのか？</p>



<p>と思われるかもしれません。</p>



<p>でも私は、自分の本音で誰かが傷つくのも損をするのも見たくないのです。</p>



<p>誰かを犠牲に成り立つ幸せは素直に喜べません。</p>



<p>もちろん最低限は存在し、避けられない事があるのも事実です。</p>



<p>それでも、他人から不幸を受けてきた私は、極力同じことをしたくない。</p>



<p>あの人たちと同じ分類にされるのは嫌だと感じるのです。</p>



<p>なにより、もし私の本音で傷づけることがあったら、その人に昔の私が重なって</p>



<p>心臓が握りつぶされるような感覚になります。</p>



<p><strong>そんなことになるなら私はずっと自分なんてなくてもいい。</strong></p>



<p>そう思いながら生きています。<br><br><br><br><br></p>



<p>皆さんはどれくらい本音を出して、どれくらい感情を出せていますか。</p>



<p>結局一番いいのは出せることだと思います。</p>



<p>それが本来人間のあるべき姿で、それによって人のつながりは成り立ちます。</p>



<p>でも、出せないという人も実際結構いてると思います。</p>



<p>出せないにもいろいろあって、パターンも様々だと思いますが、</p>



<p>もし私と同じような感覚の人がいたら、自分を受け入れてあげてください。</p>



<p>悪いことではありませんし、<strong>あなた一人ではありません。</strong></p>



<p>周りからおかしく見られるかもしれませんが、気にすることではありません。</p>



<p>でもできるだけ出せるようにはなった方がいいかもしれませんね。</p>



<p>最後まで読んでくださりありがとうございました。</p>
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		<item>
		<title>“ずれている”ことにすら気づけなかった私が、ようやく自分を疑えるようになるまで</title>
		<link>https://shinobu-bibou.com/misunderstood-myself/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[わかる人に届いてほしい]]></category>
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		<category><![CDATA[誰にも言えなかったこと]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-2-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>自分が“ずれている”ことにも気づけなかった幼少期。敏感な感覚、毒親との関係、それら全てを知らずに生きていた私が、ようやく自分を見つめ直せるようになるまでの話。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-2-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>今の私は、少しだけ自分のことを俯瞰して見られるようになりました。</p>



<p><strong>自分は、人とは“違う”ということ。</strong><br><strong><br> 感覚が“敏感すぎる”ということ。</strong><br><strong><br> そして、親が“毒親”だったということ。</strong></p>



<p>これらの事実を知っているからこそ、<br><br>「自分のずれている部分」を理解できるようになりました。</p>



<p>でも、あの頃の私は――<br><br>そんなこと、考えもしなかった。<br><br>「自分は間違ってない」と思い込んで、<br><br>自分を疑うことすらできない、愚かな人間だったのです。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">“人と違う”ことに気づけなかった私</h2>



<p class="u-mb-ctrl u-mb-0">私は幼い頃から、基礎疾患を抱えていて、体がとても弱かった。<br><br>もちろん、目に見える違いは理解していました。<br><br>でも、本当の意味での“違い”には、まったく気づけていなかったのです。</p>



<p><br>体が弱いというたったひとつのことが、</p>



<p>感情の動きや感じ方、思考の癖まで、通常とはまったく違うものにしていました。</p>



<p>けれどそのことを知らなかった私は、ずっとこう思っていました。</p>



<p><strong>「なぜわかってくれないのか」</strong></p>



<p><strong>「自分は悪くないのに」</strong></p>



<p><strong>こんなことばかりを考え、やがて以前記事に書いた“いじめ”につながるのです。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">“敏感すぎる”感覚を“普通”と信じていた頃</h2>



<p>いつの頃からか、自分の感覚はとても敏感になっていました。</p>



<p>特に、目、鼻、耳が辛かった。</p>



<p>でもそれが普通だと思っていて、みんな同じ感覚だと思っていました。</p>



<p><br></p>



<p>例えば、運動会。</p>



<p>大音量の音楽や楽器の音、応援の声。</p>



<p>そのすべてが、私には苦痛に感じられました。</p>



<p>どうして皆は、苦しい思いをしてまでこんなことをしているのか不思議でならなかった。</p>



<p>もちろん皆も大きい音という認識はあるでしょう。</p>



<p>でも、自分のそれとはまったく異なる受け取り方だということを知らなかった。</p>



<p>度々その場から逃げ出していた私は、周りの人が間違っているのだと</p>



<p>自分に言い聞かせていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“毒親”に気づけなかった私は、母を絶対視していた」</h2>



<p>以前の記事にも書いたように、母は私にとって“命の恩人”でした。</p>



<p>だからこそ私は、母を人生の軸にし、恩返しのような気持ちで生きていました。</p>



<p>母の言う事を信頼し、喜んでもらうために努力し、何もかも母が一番正しいのだと思っていた。</p>



<p>そんな生活をしていた私は、頭が凝り固まり、何が正しくて何が間違っているのか、</p>



<p>正しい判断ができないようになっていたのです。</p>







<p><br>母が悪く言う人・物はすべて“悪”で、</p>



<p>母が褒める人・物はすべて“正義”。</p>



<p>そんな偏った価値観を持ち、周囲を拒絶し、</p>



<p><strong>自ら“生きづらい環境”を作っていたのです。</strong></p>



<p>本当は違和感が少しあったのかもしれません。</p>



<p>それでも私は、母が正しいのだと思い込むようにしていたのです。</p>



<p>年齢が幼かったということもありますが、<br><br>考えが浅く、物事を表面的にしか受け取れなかった私は、<br><br>知らず知らずのうちに、自分で自分の首を絞めていたのかもしれません。<br><br><br></p>



<p>今では、“思い込み”を少しずつ手放しながら、<br><br>物事の本質に目を向けられるようになってきました。</p>



<p>もしかしたら、<br><br>似たような“生きづらさ”を感じている方もいるかもしれません。</p>



<p>もし何か響いたことや、思い出すような感覚があったら、<br><br>あなたの言葉を、そっと残していただけたらうれしいです。</p>
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		<title>「人になりたい」と思った私</title>
		<link>https://shinobu-bibou.com/nomal/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 22 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[しのぶの備忘録]]></category>
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		<category><![CDATA[私をかたちづくったもの]]></category>
		<category><![CDATA[自分を変えたい]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-1-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>劣等感や人への憧れから、私は“人になる努力”を始めました。
でもその努力は、やがて感情を置き去りにするものだった──。
これは、そんな私の記録です。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-1-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>私はいつしか、「人になりたい」と思うようになっていました。</p>



<p>私にとって苦しいと感じることを、普通の人はなんとも思わない。</p>



<p>恐怖を恐怖として感じない。</p>



<p>できない事をたやすくできてしまう。</p>



<p>私はずっと、劣等感を抱きながら生きてきました。</p>



<p>「私も、あんなふうになれたら」<br>そう願って、他人の姿ばかりを見ていた――。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">劣等感と憧れが始まった日</h2>



<p>いじめを受けていた私は、<br>引っ越しをきっかけに「自分を変えよう」と思いました。</p>



<p>劣等感や、人への憧れを強く感じるようになったのは、その頃からです。</p>



<p>友達ってどうやって作るの？<br>みんなは何を話しているんだろう？<br>そもそも、友達って何？</p>



<p>何もわかりませんでした。</p>



<p>しかも、こうした精神的なことだけではありません。</p>



<p>外で楽しそうに遊ぶ子たちを横目に、<br>私は基礎疾患のために運動すらできない。</p>



<p>欲しい物があっても、<br>家が貧しかった私は、何ひとつ買ってもらえませんでした。</p>



<p>精神的にも、身体的にも、<br>そして家庭環境においても、<br><strong>何ひとつ「人並み」と呼べるものがなかった。</strong></p>



<p>でも、ここまでなら「よくあること」だったのかもしれません。</p>



<p><strong>──本当の問題は、このあとに起きました。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">“人になる”ために始めた努力</h2>



<p>最初に抱いた劣等感や憧れを、<br>私は歪んだ形で“改善”しようとしてしまったのです。</p>



<p>以前投稿した内容に記載しましたが、私は自覚のないまま、相手の思考を読み取っていました。</p>



<p>そこからさらに、現状を変えるため“人を観察する”ようになっていきました。</p>



<p>AさんとBさんの会話。<br>Aさんが何を話して、Bさんはどう受け取ったのか。<br>それがCさんだったらどうなるのか。</p>



<p>それを考えて、実際に会話をしてみる。<br>合っていたこと、間違っていたこと。<br>それを踏まえて、また観察する。</p>



<p>トライアンドエラーの繰り返し。<br>それが、私の“人になるための努力”でした。</p>



<h2 class="wp-block-heading">少しずつ手にした“普通の会話”</h2>



<p>少しずつ、「よく話す人」ができていきました。<br>会話が続くようになり、<br>ああ、自分の努力は間違ってなかったんだ、と思いました。</p>



<p>嬉しかった。<br>やっと自分が“普通”に近づけた気がして。</p>



<p>でもそのとき、私はまだ気づいていなかったのです。</p>



<p>自分が、底なしの沼に足を取られはじめていたことに。</p>



<h2 class="wp-block-heading">沼に沈んでいくことに気づかずに</h2>



<p>違和感を感じるようになったのは、数年経ったあとでした。</p>



<p>人の思考を読む精度はどんどん上がり、<br>スピードも、正確さも、範囲も広がっていった。</p>



<p>それと引き換えに、<br>他人との会話も少しずつ楽になっていった。</p>



<p>でも──<br>ときどき、どうしても噛み合わない瞬間が現れるようになりました。</p>



<p>「そんなつもりはなかったのに、相手の機嫌を損ねてしまう」<br>「ちゃんと考えて返してるのに、なぜか冷たいと言われる」</p>



<p>そしてついに、<br><strong>私は“感情がない”と言われるようになったのです。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">感情を手放していた自分</h2>



<p>何もなかった私が、“人になりたい”一心で積み上げた努力。</p>



<p>けれどその努力のベクトルは、確実に間違っていた。</p>



<p>相手の反応を想定し、正解を探し、<br>“返し方”を頭で組み立てていくうちに──</p>



<p><strong>私は、自分の感情を置き去りにしていた。</strong></p>



<p>その頃、私はまだ自覚がありませんでした。</p>



<p>なぜ「感情がない」と言われたのか、かなりショックを受けました。</p>



<p>でも、今ならわかります。</p>



<p>人の思考に踏み込みすぎることは、時に不快感を与える。<br>感情ではなく“正解”で返すことは、距離を生む。</p>



<h2 class="wp-block-heading">あのときの私は、まだ何も知らなかった</h2>



<p>けれど、あの頃の私は──<br>そんなことに気づけるはずもなく、<br>このあと、新たな問題と向き合うことになるのです。</p>







<p>私はただ、“人になりたかった”。<br>その考え自体が間違っていたのかもしれません。</p>










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		<title>“敏感すぎる体”と生きてきた私の話</title>
		<link>https://shinobu-bibou.com/sensitive-story/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 15 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[共感疲労]]></category>
		<category><![CDATA[嗅覚過敏]]></category>
		<category><![CDATA[感覚過敏]]></category>
		<category><![CDATA[敏感すぎる体]]></category>
		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[私をかたちづくったもの]]></category>
		<category><![CDATA[視線がつらい]]></category>
		<category><![CDATA[音に敏感]]></category>
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					<description><![CDATA[人の気配、音、匂い──すべてが“刺激”に感じる敏感すぎる体。私はその感覚とどう向き合い、生きてきたのかを綴ります。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>生まれつきなのか、あとからなのか。<br>私の体は、いつからか“敏感すぎる体”になっていた。</p>



<p>気づけば、音や匂い、人の気配すら、&nbsp;&nbsp;</p>



<p>私にとっては「刺激」になっていたのです。</p>



<p>それはやがて、生活に支障をきたすほどの感度になり、<br>生きづらさとして現れるようになった――</p>



<p>今回は、そんな体と共に歩んできた日々の記録です。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">最初に気づいたのは「人」だった</h2>



<p>まず最初に、自分が“敏感すぎる”と気づいたのは「人」でした。<br>これは以前の投稿でも触れましたが、私は人の<strong>空気や気配、感情、視線</strong>を<br>過敏に感じ取ってしまいます。</p>



<p>その<strong>“気づいてしまう”ということ自体が、強いストレスになります</strong>。<br>そして、気づいてしまったがゆえに、<br>空気を読んで、反応し、対応しなければならない――。<br>そんな無意識の義務感や責任感が、常にのしかかってきました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">音が“刺さる”ように感じる感覚</h2>



<p>「音」と「匂い」も、同じ頃から気になるようになりました。<br>音に関しては、単純に大きな音だけではなく、<br>汚い音・甲高い声・騒がしい会話・不快な話し方など、<br>私の中で強いストレス源になっていました。</p>



<p>もちろん、音に敏感な人は他にもいるでしょう。<br>でも私の場合は、“嫌だ”を通り越して、<strong>体と心に明確なダメージを感じるのです</strong>。<br>そのストレスは一過性ではなく、どんどん蓄積し、心身に異常を引き起こすレベルにまで達します。</p>



<h2 class="wp-block-heading">日常を脅かす「匂い」の苦しさ</h2>



<p>そして最も深刻なのが、「嗅覚」でした。<br>これは私にとって、<br><strong>日常生活を脅かす最大の要因です</strong>。</p>



<p>嫌な匂いはさまざまありますが、私の場合はどんな匂いにも、過敏に反応してしまいます。<br>ときには、“知らなくてもいいこと”“知りたくなかった現実”まで匂いから察してしまうこともある。<br>人の匂いにも過敏で、それが人間関係そのものへのダメージになることさえあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">名前のつかない“敏感さ”と、その代償</h2>



<p>他にも、言葉にできないような「敏感」がこの体を蝕んでいて、<br>日々、生きづらさの影のように背中に張り付いている感覚があります。</p>



<p>そしてそれらの感覚は、経験を重ねるほどに鋭くなり、自分では制御できなくなっていきました。<br>一番の問題は、敏感であるがゆえに<strong>“情報”を強制的に受け取ってしまう</strong>こと。<br>そしてその情報に、心が縛られてしまうことなのです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「HSP」という存在</h2>



<p>後になって、「HSP」という言葉を知りました。<br>私が感じてきたことと、重なる部分がいくつかあると感じています。</p>



<p>ただ、私自身がHSPかどうかを知ることには、あまり興味がありません。<br>自分の感覚は、名前がつくことで楽になるものでもない気がしているからです。</p>



<p>それでも、HSPという言葉に安心を感じている人たちや、<br>同じような生きづらさを抱える人たちがいることには、少し関心があります。</p>



<p>そういった人たちと、どこかで気持ちを交わせたら——<br>そんなふうに思うことは、今もときどきあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading">普通から遠ざかっても、願うもの</h2>



<p>私にできることは、<br>そうした「感じてしまう状況」から、少しでも距離を取ること。</p>



<p>でもそれは同時に、“普通の生活”から遠ざかっていくことでもあります。<br>人と関わる、外に出る、匂いや音に囲まれる――<br>そうした日常のすべてが、少しずつ自分を削っていくように感じる。</p>



<p>それでも私は、<br>いつかこの感覚と調和できる日が来ることを、どこかで願って生きています。</p>



<p class="is-style-balloon_box2">もしあなたにも、似た感覚があるなら<br>同じような感覚を抱えている人は、きっと他にもいるはずです。<br>小さな共感でも、何か感じることがあれば、ぜひ残してください。</p>



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