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	<title>自己理解 &#8211; しのぶの備忘録</title>
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	<title>自己理解 &#8211; しのぶの備忘録</title>
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		<title>自分ではなくなっていくまでの記録</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 04 Feb 2026 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[人生と向き合う]]></category>
		<category><![CDATA[人生の気づき]]></category>
		<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[心の記録]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
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					<description><![CDATA[普通になりたかっただけだった。
人の気持ちを考え、誰も傷つけないように生きようとした。
気づいたときには、自分が何者だったのかさえ分からなくなっていた。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<h2 class="wp-block-heading">他人の事を考えない自己中心的な子供時代</h2>



<p>昔の自分は、全くと言っていいほど人の気持ちが理解できなかった。<br>生まれ育った環境によって、考え方が一般的な人と異なっていた、というのもあるが、そもそも他人を理解しようとしていなかったのだと思う。</p>



<p>自分の気持ちを最優先し、都合が悪くなればその場から逃げる。<br>子どもとはそういうものだと言われればそれまでだが、それにしても度が過ぎていたと思う。</p>



<p>以前の記事で触れたように、いじめを受けたときも、いじめる側の気持ちを考えようとはせず、<br>「自分は何も悪くない」「あいつらが異常なんだ」と決めつけ、考えることから逃げていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">変化のきっかけ</h2>



<p>この考え方が変わったのは、「この瞬間から変わった」というような急激なものではなく、<br>少しずつ段階を踏んで変化していった結果だった。</p>



<p>人は大人になるにつれて、自然とそうなっていく。<br>確かにそれは事実だと思う。<br>ただ、自分はその過程を歪ませてしまった。<br>本来進むはずだったルートから外れ、それがそのまま自分の核になってしまった。</p>



<p>最初の変化は、これも以前の記事で書いた、<br>いじめの最中に起きた転校だった。</p>



<p>「このままの自分ではいけない」<br>自分を変えようとする、ほんの小さな変化だった。</p>



<p>この時点では、まだ他人のことを考えられるわけでもなく、<br>自分の何が悪いのかも理解していなかった。<br>ただ、「何かがおかしい」「このままではよくない」という感覚だけが芽生え始めていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分の居場所が欲しいと思った</h2>



<p>その後、環境は徐々に緩和され、<br>少人数ではあるが、友達のような存在ができた。</p>



<p>ただ、そこで感じていたのは、<br>それはあくまで「友達のようなもの」であって、<br>少し下に見られていたり、仕方なく輪に入れてもらっていたりする立場だったということだ。</p>



<p>その人たちが、本当の友達同士で楽しそうに遊んでいるのを見て、<br>自分は強い羨ましさを感じていた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">思考の大きな分岐点</h2>



<p>そこから、少しずつ他人の気持ちを考えるようになった。</p>



<p>それ以降、学生生活の間、<br>他人の思考や感情をひたすら分析し、同時に自分自身も見つめ直し続けた。</p>



<p>「普通の人は何を考え、何を感じているのか」<br>「自分はなぜ人と違うのか」</p>



<p>おそらく学生生活の終盤には、<br>普通の人と同じか、あるいは少し敏感な程度にはなっていたと思う。</p>



<p>今振り返れば、この辺りでやめておけばよかった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分の核となるもの</h2>



<p>社会人になってからも、この習慣は続いた。<br>というより、「やめてはいけない」「人として当然すべきことだ」と感じていた。</p>



<p>なぜ、そんな考え方になったのか。</p>



<p>それは、生活環境や学校生活、自分自身の思考の変化などが複雑に絡み合い、<br>他人や自分を理解し、考えることで、<br>「他人に嫌な思いをさせないことこそが正義だ」と感じるようになったからだ。</p>



<p>理由は単純だった。</p>



<p>自分はこれまで、嫌な体験や苦しい思いを何度もしてきた。<br>泣き、苦しみ続けてきた人生だった。</p>



<p>だから、自分がされて嫌だったことを、他人にはしたくない。<br>誰かが嫌悪したり、悲しんだりする空間を作りたくない。</p>



<p>それらを「悪」と捉え、<br>お互いにそうしたものを生み出さないようにすることが、<br>人間としての常識なのだと考えるようになった。</p>



<h2 class="wp-block-heading">行き過ぎた共感が生んだ地獄</h2>



<p>しかしその結果、人生は良くなるどころか、<br>まったく別のベクトルの地獄へと向かっていった。</p>



<p>今だからわかることだが、<br>あの頃から自分は「普通」を通り越し、<br>行き過ぎたレベルで他人の心を読もうとし、<br>それに必死で対応しようとする反射が染みついていた。</p>



<p>HSPやエンパス、過剰適応に近い状態が、<br>自分の中に現れていたのだと思う。</p>



<p>社会人生活を送る中で、それらはさらに悪化し、<br>他人に合わせて自分を押し殺す、負の循環に陥っていった。</p>



<p>嫌なことを押し付けられ、利用され、<br>裏では馬鹿にされる。</p>



<p>それでも、この反射は止まらなかった。<br>むしろ精度を増し、考えるより先に行動が出るようになっていた。</p>



<p>結局、「普通になりたい」と願った自分は、<br>異常から普通を通り越し、再び異常な状態に辿り着いていたのだ。</p>



<h2 class="wp-block-heading">なぜやめられなかったのか</h2>



<p>「なぜ途中でやめなかったのか」と疑問に思うだろう。<br>だが、それがどうしてもできなかった。</p>



<p>理由はいくつかあるが、どれも単純だ。</p>



<p>まず、他人を嫌な気持ちにさせたくなかった。<br>それぞれがそう振る舞うことこそが、本来あるべき平和な形だと考えていた。</p>



<p>さらに、これに反することは、<br>これまで自分を貶め、嫌悪してきた人間と同じになることだと思っていた。</p>



<p>そして、自分がこれをやめれば、<br>代わりに苦しむ人が出てくると考えていた。</p>



<p>これができる人間は多くない。<br>自分だけとは言わないが、極めて少数だと思っていた。</p>



<p>だからこそ、この行動に責任を感じ、<br>「自分がこの役を引き受けるしかない」と、そう思い込んでいた。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現在と、唯一の願い</h2>



<p>今では、少し外に出るだけでも、<br>たとえ身近な人との会話であっても、<br>心身ともに強い疲労を感じ、異常が出る。</p>



<p>普通に働くことも、長時間外に出ることも難しい。<br>未来に希望を見出せず、ただ月日だけが過ぎていく。</p>



<p>自分なりに調べ、考え続けてきたが、<br>もうどうにもならないところまで来てしまったと悟った。</p>



<p>それでも、ひとつだけ気になっていることがあり、<br>それが唯一、自分のしたいことでもある。</p>



<p>それは、自分と同じくらいの度合いで、<br>同じようなことをしてきた人間が他にも存在するのか、<br>もし存在するなら、その話を聞いてみたい、ということだ。</p>



<p>これは自慢でも傲慢でもない。<br>これまで、自分と同じような精度や感覚を持つ人を、<br>一度も見たことがない。</p>



<p>その人はどのような過程を辿り、<br>今、どのように生活しているのかを知りたい。</p>



<p>もっとも、自分と同じ感覚を持つ人間は、<br>表に出ることも少なく、行動も慎重であるはずだ。</p>



<p>それが叶うことは、きっとほとんどないのだろう。</p>



<p>これからも自分を押し込み、他人に合わせ、<br>苦しみながら、さらに精度を増しつつ生きていくのだと思う。</p>
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		<title>自分を知るとはどういうことか？ 私の気づきと変化</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 13 Aug 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[人生と向き合う]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[いじめ]]></category>
		<category><![CDATA[人間関係]]></category>
		<category><![CDATA[気づき]]></category>
		<category><![CDATA[社会人経験]]></category>
		<category><![CDATA[考え方の変化]]></category>
		<category><![CDATA[自分を知る]]></category>
		<category><![CDATA[自己対話]]></category>
		<category><![CDATA[自己成長]]></category>
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					<description><![CDATA[自分のこと、本当にわかっていますか？──いじめや社会人経験を通して「自分を知ること」の意味に気づいた私の記録です。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p><strong>皆さんは、自分のことをどれくらい理解しているでしょうか。</strong><strong><br></strong>「わかっているつもり」でも、実はあまりわかっていない<br>そんなことは意外と多いものです。</p>



<p>かく言う私も、昔は自分自身のことをよく理解できていませんでした。<br>ただ、幸いなことに、<strong>比較的早い段階でそのことに気づくことができた</strong>のです。</p>



<ul class="wp-block-list">
<li>何がきっかけで気づいたのか<br></li>



<li>気づいたことで何が変わったのか<br></li>



<li>なぜ“気づくこと”が大事なのか<br></li>
</ul>



<p>今回は、私の人生や考え方をもとに、そんなお話をしていこうと思います。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">最初に“自分”に気づいた日──いじめと向き合って</h2>



<p><strong>最初に“自分”に気づいたのは、小学生のときでした。</strong></p>



<p>基礎疾患による見た目の問題で、いじめを受けていました。<br>この問題を解決するために、私は真剣に自分と向き合ったことがあります。</p>



<p>原因を考えたとき、「本当に見た目だけが理由なのか？他にもあるのでは？」<br>そう考えるようになりました。</p>



<p>そこで行きついたのが、自分の“性格”でした。<br>自覚はありませんでしたが、周りから見た私は──<br><strong>表情が暗い／声が小さい／動きが鈍い。</strong></p>



<p>こうした点が、いじめの原因になっているのではないかと思うようになったのです。</p>



<p>その後、諸事情で転校することになった私は、それをきっかけに、少しずつ自分を変えていきました。<br>すると、環境も少しずつ変わっていきました。</p>



<p>このとき私は初めて、<strong>“知らなかった自分”を知った</strong>のです。</p>



<p>ただ、ここで一つ大切なことがあります。<br>この体験だけで「自分のすべてを理解できる」わけではないということです。<br>だからこそ私は、「最初に気づいたのが」と、あえてそう書きました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">新社会人になって知った「ズレた私」</h2>



<p><strong>次に“気づき”があったのは、新社会人になったときでした。</strong></p>



<p>学生の頃は、自分で関わる人・環境・スケジュールをある程度管理できます。<br>でも社会人になると、そうはいきません。</p>



<p>コミュニケーションがより重要になり、<br>いろんな人と、いろんな場面で会話や作業をするようになります。<br>その中で、指摘されたり、怒られたり、教えられたりする場面が増えます。</p>



<p>そうした中で私は、<br><strong>自分がズレた考えをしていたこと、甘い思考をしていたこと、</strong><strong><br></strong><strong>逃げることばかり考えていたこと</strong>に気づきました。</p>



<p>本心や思考のクセ、それが周囲や自分にどんな影響を与えていたかを知って、<br>驚きとともに、「このままではよくない」と感じたのです。</p>



<p>それ以来、私は何か行動したり判断したりする前に、<br>一度立ち止まって、自分に問いかけるようになりました。</p>



<p><strong>「自分は本当はどう考えているのか？」</strong><strong><br></strong><strong>「本当にそれが正しいのか？」</strong></p>



<p>そうやって自分と向き合うようになると、<br>周囲の人の対応にも、少しずつ変化が見え始めました。</p>



<p>この“対話”ができるようになってから、自分への理解が一気に深まった気がします。</p>



<p>とはいえ、人は常に変化します。<br>「以前はこう考えていたけど、今は違う」<br>そんなこともよくあります。</p>



<p>知っていることが増えると同時に、知らないこともまた増えていく。<br><strong>自分を理解するということは、常に続いていく行為</strong>なのだと実感しました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">気づける力が、私を変えた</h2>



<p>それからも、何度か自分を知る場面がありました。<br>現在では、かなりの解像度で自分を理解しています。<br>さらに、無意識のうちに自分の行動や判断の本心を捉えられるようになり、<br>心境の変化にもすぐ気づくことができます。</p>



<p>この「気づける」ということができるようになると、<br>自分の弱い部分やダメな部分をすぐに見つけることができ、<br>それに対する対処も考えられるようになります。</p>



<p>昔のような甘い考えや、逃げ癖が出ないようにもできるし、<br>逆に、本当につらいときには、自分を逃がしてあげる・寄り添ってあげることもできます。</p>



<p>つまり、自分をコントロールし、自己成長ができるようになるのです。</p>



<p>年齢を重ねるにつれ、指摘してくれる人は減り、<br>自分自身も固定概念に縛られがちになります。<br>だからこそ、「自分を知る」ということはとても大切なのです。</p>



<p>もちろん、今の私も自分を完璧に理解しているわけではありません。<br>変化し続ける以上、その瞬間はきっと訪れないでしょう。</p>



<p>それでも私は、常に自分と向き合うことを大切にし、<br>これからもそうありたいと心がけています。</p>



<h2 class="wp-block-heading">「きっかけ」は自分を知る最大のチャンス</h2>



<p>このように私は、何かのきっかけで自分を知ることがよくありました。</p>



<p>そしてこの「きっかけ」こそが、自分を知るための一番のチャンスだと思っています。</p>



<p>ただしこれは、誰にでもすぐに起きるものではありません。<br>なにもきっかけがなかった人、気づけなかった人もいるでしょう。</p>



<p>けれど、たとえきっかけがなくても、「気づくこと」はできます。</p>



<p>皆さんも、何かを行動するとき、何かを判断するとき、<br>いちど立ち止まって、自分と向き合ってみてください。</p>



<p>自分を知ることは、きっと自分にとって「良いこと」しかありません。</p>



<p>このブログが、そんな気づきのきっかけになれば嬉しいです。</p>



<p>私の人生や考え方については、これまでの記事でもお話ししています。<br>今回冒頭で触れた「いじめ」の話についても過去に書いていますので、<br>ぜひあわせて読んでいただければと思います。</p>



<p>最後まで読んでいただき、ありがとうございました。</p>
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		<title>感情がないと言われて。私は本当にそうなのか、自分と向き合った</title>
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					<comments>https://shinobu-bibou.com/no-emotion/#respond</comments>
		
		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jun 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[感情との向き合い]]></category>
		<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[しのぶの備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[感受性]]></category>
		<category><![CDATA[感情がない]]></category>
		<category><![CDATA[感情表現]]></category>
		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自分探し]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>「感情がないよね」──そう言われたあの日。怒りも悲しみもなく、ただ驚いた私が、自分と向き合いながらたどり着いた“本当の感情”とは。人に合わせて生きてきた日々と、その苦悩、そして今の私を語ります。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>ある日、同級生にこう言われました。</p>



<p>「○○って、<strong>感情がないよね</strong>」</p>



<p>怒るでもなく、悲しむでもなく</p>



<p>私はただ、驚いてしまったのを覚えています。</p>



<p>今回は、そんなふうに<strong>人からどう見られていたのか</strong>、</p>



<p>そしてそれに<strong>どう向き合ってきたのか</strong>を振り返ります。</p>



<p>自問自答をくり返しながら歩んできた、自分探しの記録です。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">私に感情はないのか、自分と向き合い始めた</h2>



<p>初めて言われたのは、小学生高学年の頃でした。</p>



<p>どんな内容の会話をしていてそう言われたのか</p>



<p>もしくは唐突に言われたのか</p>



<p>あまりのインパクトにその辺は忘れてしまいました。</p>



<p>驚いたのは自覚が無かったからです。</p>



<p>その時から私は、</p>



<p>「<strong>自分は感情表現が下手なのか、もしくは感情自体が欠落しているのか</strong>」</p>



<p>と考えるようになりました。</p>



<p>それまでの人生ですでに色々経験していた私は、</p>



<p>確かに欠落していてもおかしくないと思いました。</p>



<p>ただ、もともと感情表現が得意ではないのも事実でした。</p>



<p>どっちが正解なのか答えが出ず、もんもんと考える日々が続きました。</p>



<p>そんなことをこの年齢で考えていることが異常だったと、今では思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">過去を振り返り、私の中で出した答え</h2>



<p>結局、答えが分からないまま時が流れます。</p>



<p>それから1,2年後、また違う人に言われたのです。</p>



<p>言い方や文言は違いますが、同じ内容でした。</p>



<p>その後も、言われることがあり、スパンは短くなって結構言われるようになりました。</p>



<p>途中から私も本気でこれはよくないと思い、真剣に対策していこうと決意しました。</p>



<p>となればまずは、原因の追求から。</p>



<p>そう考えた私は過去を振り返り、いつから、何をきっかけに感情が表に出無くなってしまたのか</p>



<p>探すようになりました。</p>



<p>幼い頃から基礎疾患で病弱だった私は、もともと感情表現が苦手でした。</p>



<p>ずっとネガティブになりますし、それがずっと続くと虚無に入ります。</p>



<p>それから親の離婚・再婚、いじめなどを経験してきた私は、それらが蓄積して</p>



<p>感情が欠落しているんだと答えを出しました。</p>



<p>人よりも感情が薄く、他人にストレス、違和感、面倒を感じさせているんだと</p>



<p>問題を明確に捉える事が出来たのです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">誰も知らない、私も知らない、本当の私</h2>



<p>原因が分かったのであとは対策です。</p>



<p>どうすれば、感情を表に出せるのか。</p>



<p>私は自分の感情をオーバー気味に表現するようにしました。</p>



<p>皆はどう表現しているのか観察し、良いバランスで感情表現ができるように</p>



<p>そうすればきっと、自分と他人の差異をなくせると思ったのです。</p>



<p>この原因や解決法を考えつくまで何年もかかりました。</p>



<p>いろんな事を考え、悩みましたが、この原因・解決策が</p>



<p>一番正解に近いだろうと思いました。</p>



<p>そうして、変化をし出して間もない頃、こう言われました。</p>



<p>「<strong>人間っぽくないよね</strong>」</p>



<p>この時、私の考えが全て間違っていたことに気づきました。</p>



<p>辛くて、悲しくて、消えてなくなりたいと思ったのです。</p>



<p>でも、そこにいたのは、一切顔色を変えず、相手に合わせて話を進める私でした。</p>



<p>一番言われたくない人に、一番言われたくない言葉を言われて</p>



<p>悲しくないわけがないんです。</p>



<p>これがきっかけで本当の私を知ることができました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">私の感情と本音</h2>



<p>つまり、感情表現が下手なのでも、感情が欠落しているわけでもありませんでした。</p>



<p>私はこれまでの経験で、人に合わせる生き方しかできなくなっていたのです。</p>



<p>相手の感情を読み取り、それに対して最善の対応、感情を出す。</p>



<p>そうして、本来の感情とは異なる感情を生み出すことで、無機質な感情表現が</p>



<p>出来上がったのです。</p>



<p>それに違和感を抱いた周りの人は</p>



<p>「感情が無い」</p>



<p>とそう表現したのかもしれません。</p>



<p>恐らく本来の意味は</p>



<p>「人間味が無い」</p>



<p>と言うことだったんだと思います。</p>



<p>私には、<strong>感情も本音もあります。</strong></p>



<p><strong>でも、出すことはできないのです。</strong></p>



<p>相手が求めるものを出さないと。誰も傷つけたくないから。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分を受け入れ理解するという事</h2>



<p>私は今でも、本音や本来の感情を出すことはほとんどありません。</p>



<p>ただ、あれからさらに経験し、努力を重ねた結果、もうそんな言葉を言われることは</p>



<p>なくなりました。</p>



<p>誰に対しても、どんな時でも、最善で違和感のない自然な返答ができます。</p>



<p>それはおかしくないか？それでいいのか？</p>



<p>と思われるかもしれません。</p>



<p>でも私は、自分の本音で誰かが傷つくのも損をするのも見たくないのです。</p>



<p>誰かを犠牲に成り立つ幸せは素直に喜べません。</p>



<p>もちろん最低限は存在し、避けられない事があるのも事実です。</p>



<p>それでも、他人から不幸を受けてきた私は、極力同じことをしたくない。</p>



<p>あの人たちと同じ分類にされるのは嫌だと感じるのです。</p>



<p>なにより、もし私の本音で傷づけることがあったら、その人に昔の私が重なって</p>



<p>心臓が握りつぶされるような感覚になります。</p>



<p><strong>そんなことになるなら私はずっと自分なんてなくてもいい。</strong></p>



<p>そう思いながら生きています。<br><br><br><br><br></p>



<p>皆さんはどれくらい本音を出して、どれくらい感情を出せていますか。</p>



<p>結局一番いいのは出せることだと思います。</p>



<p>それが本来人間のあるべき姿で、それによって人のつながりは成り立ちます。</p>



<p>でも、出せないという人も実際結構いてると思います。</p>



<p>出せないにもいろいろあって、パターンも様々だと思いますが、</p>



<p>もし私と同じような感覚の人がいたら、自分を受け入れてあげてください。</p>



<p>悪いことではありませんし、<strong>あなた一人ではありません。</strong></p>



<p>周りからおかしく見られるかもしれませんが、気にすることではありません。</p>



<p>でもできるだけ出せるようにはなった方がいいかもしれませんね。</p>



<p>最後まで読んでくださりありがとうございました。</p>
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		<title>“ずれている”ことにすら気づけなかった私が、ようやく自分を疑えるようになるまで</title>
		<link>https://shinobu-bibou.com/misunderstood-myself/</link>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 29 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[HSP]]></category>
		<category><![CDATA[わかる人に届いてほしい]]></category>
		<category><![CDATA[共依存]]></category>
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		<category><![CDATA[毒親]]></category>
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		<category><![CDATA[自己否定]]></category>
		<category><![CDATA[誰にも言えなかったこと]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-2-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>自分が“ずれている”ことにも気づけなかった幼少期。敏感な感覚、毒親との関係、それら全てを知らずに生きていた私が、ようやく自分を見つめ直せるようになるまでの話。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-53-2-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>今の私は、少しだけ自分のことを俯瞰して見られるようになりました。</p>



<p><strong>自分は、人とは“違う”ということ。</strong><br><strong><br> 感覚が“敏感すぎる”ということ。</strong><br><strong><br> そして、親が“毒親”だったということ。</strong></p>



<p>これらの事実を知っているからこそ、<br><br>「自分のずれている部分」を理解できるようになりました。</p>



<p>でも、あの頃の私は――<br><br>そんなこと、考えもしなかった。<br><br>「自分は間違ってない」と思い込んで、<br><br>自分を疑うことすらできない、愚かな人間だったのです。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">“人と違う”ことに気づけなかった私</h2>



<p class="u-mb-ctrl u-mb-0">私は幼い頃から、基礎疾患を抱えていて、体がとても弱かった。<br><br>もちろん、目に見える違いは理解していました。<br><br>でも、本当の意味での“違い”には、まったく気づけていなかったのです。</p>



<p><br>体が弱いというたったひとつのことが、</p>



<p>感情の動きや感じ方、思考の癖まで、通常とはまったく違うものにしていました。</p>



<p>けれどそのことを知らなかった私は、ずっとこう思っていました。</p>



<p><strong>「なぜわかってくれないのか」</strong></p>



<p><strong>「自分は悪くないのに」</strong></p>



<p><strong>こんなことばかりを考え、やがて以前記事に書いた“いじめ”につながるのです。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">“敏感すぎる”感覚を“普通”と信じていた頃</h2>



<p>いつの頃からか、自分の感覚はとても敏感になっていました。</p>



<p>特に、目、鼻、耳が辛かった。</p>



<p>でもそれが普通だと思っていて、みんな同じ感覚だと思っていました。</p>



<p><br></p>



<p>例えば、運動会。</p>



<p>大音量の音楽や楽器の音、応援の声。</p>



<p>そのすべてが、私には苦痛に感じられました。</p>



<p>どうして皆は、苦しい思いをしてまでこんなことをしているのか不思議でならなかった。</p>



<p>もちろん皆も大きい音という認識はあるでしょう。</p>



<p>でも、自分のそれとはまったく異なる受け取り方だということを知らなかった。</p>



<p>度々その場から逃げ出していた私は、周りの人が間違っているのだと</p>



<p>自分に言い聞かせていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">“毒親”に気づけなかった私は、母を絶対視していた」</h2>



<p>以前の記事にも書いたように、母は私にとって“命の恩人”でした。</p>



<p>だからこそ私は、母を人生の軸にし、恩返しのような気持ちで生きていました。</p>



<p>母の言う事を信頼し、喜んでもらうために努力し、何もかも母が一番正しいのだと思っていた。</p>



<p>そんな生活をしていた私は、頭が凝り固まり、何が正しくて何が間違っているのか、</p>



<p>正しい判断ができないようになっていたのです。</p>







<p><br>母が悪く言う人・物はすべて“悪”で、</p>



<p>母が褒める人・物はすべて“正義”。</p>



<p>そんな偏った価値観を持ち、周囲を拒絶し、</p>



<p><strong>自ら“生きづらい環境”を作っていたのです。</strong></p>



<p>本当は違和感が少しあったのかもしれません。</p>



<p>それでも私は、母が正しいのだと思い込むようにしていたのです。</p>



<p>年齢が幼かったということもありますが、<br><br>考えが浅く、物事を表面的にしか受け取れなかった私は、<br><br>知らず知らずのうちに、自分で自分の首を絞めていたのかもしれません。<br><br><br></p>



<p>今では、“思い込み”を少しずつ手放しながら、<br><br>物事の本質に目を向けられるようになってきました。</p>



<p>もしかしたら、<br><br>似たような“生きづらさ”を感じている方もいるかもしれません。</p>



<p>もし何か響いたことや、思い出すような感覚があったら、<br><br>あなたの言葉を、そっと残していただけたらうれしいです。</p>
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