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	<title>感受性 &#8211; しのぶの備忘録</title>
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		<title>感情がないと言われて。私は本当にそうなのか、自分と向き合った</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 19 Jun 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[感情との向き合い]]></category>
		<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[自己理解]]></category>
		<category><![CDATA[しのぶの備忘録]]></category>
		<category><![CDATA[感受性]]></category>
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		<category><![CDATA[感情表現]]></category>
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		<category><![CDATA[自分探し]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>「感情がないよね」──そう言われたあの日。怒りも悲しみもなく、ただ驚いた私が、自分と向き合いながらたどり着いた“本当の感情”とは。人に合わせて生きてきた日々と、その苦悩、そして今の私を語ります。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-7-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>ある日、同級生にこう言われました。</p>



<p>「○○って、<strong>感情がないよね</strong>」</p>



<p>怒るでもなく、悲しむでもなく</p>



<p>私はただ、驚いてしまったのを覚えています。</p>



<p>今回は、そんなふうに<strong>人からどう見られていたのか</strong>、</p>



<p>そしてそれに<strong>どう向き合ってきたのか</strong>を振り返ります。</p>



<p>自問自答をくり返しながら歩んできた、自分探しの記録です。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">私に感情はないのか、自分と向き合い始めた</h2>



<p>初めて言われたのは、小学生高学年の頃でした。</p>



<p>どんな内容の会話をしていてそう言われたのか</p>



<p>もしくは唐突に言われたのか</p>



<p>あまりのインパクトにその辺は忘れてしまいました。</p>



<p>驚いたのは自覚が無かったからです。</p>



<p>その時から私は、</p>



<p>「<strong>自分は感情表現が下手なのか、もしくは感情自体が欠落しているのか</strong>」</p>



<p>と考えるようになりました。</p>



<p>それまでの人生ですでに色々経験していた私は、</p>



<p>確かに欠落していてもおかしくないと思いました。</p>



<p>ただ、もともと感情表現が得意ではないのも事実でした。</p>



<p>どっちが正解なのか答えが出ず、もんもんと考える日々が続きました。</p>



<p>そんなことをこの年齢で考えていることが異常だったと、今では思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading">過去を振り返り、私の中で出した答え</h2>



<p>結局、答えが分からないまま時が流れます。</p>



<p>それから1,2年後、また違う人に言われたのです。</p>



<p>言い方や文言は違いますが、同じ内容でした。</p>



<p>その後も、言われることがあり、スパンは短くなって結構言われるようになりました。</p>



<p>途中から私も本気でこれはよくないと思い、真剣に対策していこうと決意しました。</p>



<p>となればまずは、原因の追求から。</p>



<p>そう考えた私は過去を振り返り、いつから、何をきっかけに感情が表に出無くなってしまたのか</p>



<p>探すようになりました。</p>



<p>幼い頃から基礎疾患で病弱だった私は、もともと感情表現が苦手でした。</p>



<p>ずっとネガティブになりますし、それがずっと続くと虚無に入ります。</p>



<p>それから親の離婚・再婚、いじめなどを経験してきた私は、それらが蓄積して</p>



<p>感情が欠落しているんだと答えを出しました。</p>



<p>人よりも感情が薄く、他人にストレス、違和感、面倒を感じさせているんだと</p>



<p>問題を明確に捉える事が出来たのです。</p>



<h2 class="wp-block-heading">誰も知らない、私も知らない、本当の私</h2>



<p>原因が分かったのであとは対策です。</p>



<p>どうすれば、感情を表に出せるのか。</p>



<p>私は自分の感情をオーバー気味に表現するようにしました。</p>



<p>皆はどう表現しているのか観察し、良いバランスで感情表現ができるように</p>



<p>そうすればきっと、自分と他人の差異をなくせると思ったのです。</p>



<p>この原因や解決法を考えつくまで何年もかかりました。</p>



<p>いろんな事を考え、悩みましたが、この原因・解決策が</p>



<p>一番正解に近いだろうと思いました。</p>



<p>そうして、変化をし出して間もない頃、こう言われました。</p>



<p>「<strong>人間っぽくないよね</strong>」</p>



<p>この時、私の考えが全て間違っていたことに気づきました。</p>



<p>辛くて、悲しくて、消えてなくなりたいと思ったのです。</p>



<p>でも、そこにいたのは、一切顔色を変えず、相手に合わせて話を進める私でした。</p>



<p>一番言われたくない人に、一番言われたくない言葉を言われて</p>



<p>悲しくないわけがないんです。</p>



<p>これがきっかけで本当の私を知ることができました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">私の感情と本音</h2>



<p>つまり、感情表現が下手なのでも、感情が欠落しているわけでもありませんでした。</p>



<p>私はこれまでの経験で、人に合わせる生き方しかできなくなっていたのです。</p>



<p>相手の感情を読み取り、それに対して最善の対応、感情を出す。</p>



<p>そうして、本来の感情とは異なる感情を生み出すことで、無機質な感情表現が</p>



<p>出来上がったのです。</p>



<p>それに違和感を抱いた周りの人は</p>



<p>「感情が無い」</p>



<p>とそう表現したのかもしれません。</p>



<p>恐らく本来の意味は</p>



<p>「人間味が無い」</p>



<p>と言うことだったんだと思います。</p>



<p>私には、<strong>感情も本音もあります。</strong></p>



<p><strong>でも、出すことはできないのです。</strong></p>



<p>相手が求めるものを出さないと。誰も傷つけたくないから。</p>



<h2 class="wp-block-heading">自分を受け入れ理解するという事</h2>



<p>私は今でも、本音や本来の感情を出すことはほとんどありません。</p>



<p>ただ、あれからさらに経験し、努力を重ねた結果、もうそんな言葉を言われることは</p>



<p>なくなりました。</p>



<p>誰に対しても、どんな時でも、最善で違和感のない自然な返答ができます。</p>



<p>それはおかしくないか？それでいいのか？</p>



<p>と思われるかもしれません。</p>



<p>でも私は、自分の本音で誰かが傷つくのも損をするのも見たくないのです。</p>



<p>誰かを犠牲に成り立つ幸せは素直に喜べません。</p>



<p>もちろん最低限は存在し、避けられない事があるのも事実です。</p>



<p>それでも、他人から不幸を受けてきた私は、極力同じことをしたくない。</p>



<p>あの人たちと同じ分類にされるのは嫌だと感じるのです。</p>



<p>なにより、もし私の本音で傷づけることがあったら、その人に昔の私が重なって</p>



<p>心臓が握りつぶされるような感覚になります。</p>



<p><strong>そんなことになるなら私はずっと自分なんてなくてもいい。</strong></p>



<p>そう思いながら生きています。<br><br><br><br><br></p>



<p>皆さんはどれくらい本音を出して、どれくらい感情を出せていますか。</p>



<p>結局一番いいのは出せることだと思います。</p>



<p>それが本来人間のあるべき姿で、それによって人のつながりは成り立ちます。</p>



<p>でも、出せないという人も実際結構いてると思います。</p>



<p>出せないにもいろいろあって、パターンも様々だと思いますが、</p>



<p>もし私と同じような感覚の人がいたら、自分を受け入れてあげてください。</p>



<p>悪いことではありませんし、<strong>あなた一人ではありません。</strong></p>



<p>周りからおかしく見られるかもしれませんが、気にすることではありません。</p>



<p>でもできるだけ出せるようにはなった方がいいかもしれませんね。</p>



<p>最後まで読んでくださりありがとうございました。</p>
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		<title>母親が私の世界だった</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 01 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[私の母親]]></category>
		<category><![CDATA[基礎疾患]]></category>
		<category><![CDATA[子ども時代の記憶]]></category>
		<category><![CDATA[家庭環境]]></category>
		<category><![CDATA[感受性]]></category>
		<category><![CDATA[母との関係]]></category>
		<category><![CDATA[毒親予備軍]]></category>
		<category><![CDATA[無償の愛]]></category>
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		<category><![CDATA[私の特異性シリーズ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-49-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>「母が喜ぶことが、私のすべてだった」──
その信念で生きてきた子供時代の私の記憶を、静かに綴っています。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/05/Frame-49-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>小さい頃の私は、母のことを心から大切に思っていました。</p>



<p>基礎疾患を抱えて、普通に生きることさえままならなかった私にとって、</p>



<p>母は“命の恩人”のような存在でした。<br><br></p>







<p>ただひたすら、</p>



<p>どうすれば母が喜んでくれるか、</p>



<p>そればかりを考えて、生きていました。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">大切な人</h2>



<p>以前の記事でも書きましたが、私は幼いころから基礎疾患を抱えており、</p>



<p>普通に生活することはおろか、死に直面することも何度もありました。<br><br></p>



<p>そんな私を、自分を犠牲にしながら育ててくれた母。</p>



<p>幼いながらに尊敬し、感謝し、</p>



<p>これからの人生で母が費やしてきた時間を、少しでも返していきたいと思っていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">母のために</h2>



<p>体が少し落ち着いてきた中学生の頃、私はしっかり学校に通うようになり、</p>



<p>とにかく喜んでもらいたくて、勉強に励みました。</p>



<p>トップ層とまではいきませんでしたが、それなりに上位に入り、</p>



<p>まじめな学生生活を送っていました。<br><br></p>



<p>貧しい家庭だったので、欲しいものはほとんど我慢して、</p>



<p>母の言うことには基本的に逆らわず、できるだけ節約も心がけました。<br><br></p>



<p>高校に入ってからは、バイトに励み、</p>



<p>家計の足しになればと、給料のほとんどを母に渡していました。</p>



<p>卒業後も、学びたい学問はあったものの、迷わず働こうと決めていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">思いと真実</h2>



<p>これらすべてが、私なりの“恩返し”のつもりでした。</p>



<p>母が喜んでくれるなら、それでよかった。</p>



<p><strong>私はそう信じて、生きてきました。</strong><br><br></p>



<p>でも、それは「何も知らなかったからこそ」持てた感情だったのかもしれません。</p>



<p>残酷な真実に気づく、その少し前の話です。</p>
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		<title>私は空気を読む。そして壊れていった。</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 24 Apr 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[共感疲労]]></category>
		<category><![CDATA[孤独感]]></category>
		<category><![CDATA[心の話]]></category>
		<category><![CDATA[感受性]]></category>
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		<category><![CDATA[生きづらさ]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/04/Frame-45-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>空気を読むことが当たり前だった私にとって、
対人関係は、いつも“避けられない疫病”のようでした。
誰にも見せなかった心の疲弊と、その奥にあった叫びを言葉にしました。]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/04/Frame-45-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<p class="is-style-dent_box">多くの人が、何かしらの悩みを抱えている「対人関係」。<br>今回は、そんな人付き合いに対する、<br>少し変わった“私なりの捉え方”と、心境の変化について書いてみようと思います。</p>







<p>これまでの記事でも書いた通り、私は人の空気を敏感に感じ取っていました。<br>それが生まれつきの気質なのか、育った環境によるものなのか──<br>今でもはっきりとはわかりません。</p>



<p>私の感覚では、この過酷な環境を生き抜くために、<br>自然と人の顔色を伺う癖がついていたのだと思います。<br>自覚のないまま、相手の思考を読み取っていたのでしょう。</p>



<p>そのせいで、私にとっての対人関係は、<br>いつしか「<strong>避けられない疫病</strong>」のような存在になっていきました。</p>



<p>ぱっと見では、「人の感情がわかるなら、むしろうまくやれるんじゃない？」<br>そう思う人もいるかもしれません。<br>でも実際はその逆で、むしろ私はがんじがらめになっていました。</p>



<p>わかってしまう。読めてしまう。<br>だからこそ、自分の意志や意見というものを、<br>出せなくなっていくのです。</p>



<p>「私がこう言えば、こう思われるだろう」<br>「こうすれば、相手はこう反応するだろう」<br>そんなふうに、すべてが予測できてしまう。</p>



<p>誰に対してもそうでした。<br>同級生に対しても、家族に対しても。<br>拒否権はなく、本音は隠したまま、ただ受け入れていました。</p>



<p>利用されているのも、嫌われているのも、変な奴だと思われていることも──<br>すべてわかっていながら、<strong>それでも合わせるしかない</strong>。</p>



<p>成長するにつれ、その感覚は研ぎ澄まされ、より鮮明になっていきました。<br>ただ同時に、心は摩擦で摩耗し、徐々に何も感じなくなっていきます。</p>



<p>考えることもなく、無意識で人の感情を拾い、<br>その場にとって“最適な反応”を返す。<br>それが自然と、癖になっていったのです。</p>



<p>そして何より厄介なのは、<br>この構図が子ども時代だけで終わらないということ。</p>



<p>大人になっても、変わることはありません。<br>これは「成長すれば解決する問題」ではなく、<br>人間という生き物の構造が持つ“本質”なのだと思うようになりました。</p>



<p>そう理解し始めた頃には、<br>私の感情はもう、“人間のかたち”を失いかけていたのかもしれません。</p>



<p>何も感じなくなっていたわけではなく、本当は、感じていたものを<br>ずっと奥に閉じ込めていたのだと思います。</p>



<p>以上が、今の私にとっての「対人関係」です。</p>



<p>これは、私の人生の中でも、とても大きなテーマのひとつです。<br>これからの記事でも、もっと深く掘り下げていけたらと思っています。</p>



<p>あなたにとっての「対人関係」は、どんなものですか？<br>そっと考えるきっかけになれたら、うれしいです。<br>最後まで読んでくださって、ありがとうございました。</p>




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