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	<title>#死にたいと思ったこと &#8211; しのぶの備忘録</title>
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	<title>#死にたいと思ったこと &#8211; しのぶの備忘録</title>
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		<title>「死にたい」と思いながら生きてきた、私の話</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 26 Jun 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[対人関係]]></category>
		<category><![CDATA[感覚と生きづらさ]]></category>
		<category><![CDATA[#死にたいと思ったこと]]></category>
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					<description><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-8-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>幼い頃から「死にたい」と思い続けてきた私が、なぜ今こうして生きているのか。その理由と葛藤、自分なりの答えを率直に綴りました。
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										<content:encoded><![CDATA[<p><img src="https://shinobu-bibou.com/wp-content/uploads/2025/06/Frame-53-8-1024x576.png" class="webfeedsFeaturedVisual" /></p>
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p>「死にたい」</p>



<p>幼い頃から何度も考えた。</p>



<p>実際、死のうとしたことも何回かある。</p>



<p>そんな生活を繰り返して、今、“死”というものに対して</p>



<p>私が思う事。</p>
</div></div>



<h2 class="wp-block-heading">私の「死にたい」という気持ち</h2>



<p>基礎疾患、いじめ、ブラック企業など、いろんな場面で、事あるごとに</p>



<p><strong>「死にたい」と感じていました。</strong></p>



<p>その時によって意味合いは少し変わりますが、</p>



<p>「疲れたから終わりにしたい」というイメージです。</p>



<p>渦中にあるとき、一切停まることは許されず、</p>



<p>延々とマラソンをしている気持ちになります。</p>



<p>しんどくても、のどが渇いても、足が痛くても</p>



<p><strong>休むことは許されません。</strong></p>



<p>ゴールにはいつたどり着けるのか、本当にあるのか。</p>



<p>自分は何のためにこんなことをしているのか、わからなくなります。</p>



<p>生まれてこなければよかったとさえ思っていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">私が“死ねなかった”理由</h2>



<p>常に何か問題が起きていて、そのたびに「死にたい」と感じていた私が、</p>



<p>なぜ、ずっと踏みとどまっているのか。</p>



<p>それは、自分の命を放棄することは、私にとって責任が大きすぎたからです。</p>



<p>以前、私の基礎疾患について書いた記事があります。</p>



<p>そこにも書きましたが、私は幼い頃から基礎疾患を抱えていて、</p>



<p>死に直面することが何度もありました。</p>



<p>生き続けられたのは、母親が自分の人生を犠牲にして守ってくれたからです。</p>



<p>そんな私の命を、私はたやすく放棄することはできませんでした。</p>



<p>どんなにつらくても、走り続けるしかなかったのです。</p>



<p>これは、ポジティブな感情ではなく、</p>



<p>ネガティブな感情としての<strong>「義務感」</strong>でした。</p>



<p>この経験が足を引っ張って、楽になれない。</p>



<p>そう感じていました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">実際に自殺を試みて、分かったこと</h2>



<p>とはいえ、自殺を試みたこともあります。</p>



<p>ふと、本当に死ねるのか。簡単なのか、難しいのか。どんな気持ちになるのか。</p>



<p>そんな好奇心が「死にたい」という気持ちの背中を少し押したのです。</p>



<p>タイミングはバラバラですが、これまでいくつか実行してみました。</p>



<p>これを書いている時点で、死ねていないというのが答えですが、</p>



<p>その過程で、いろいろと分かったことがありました。</p>



<p>まず、<strong>「簡単ではない」という事</strong>。</p>



<p>人の体は思ったよりも頑丈にできていて、そう簡単には死に直結しないのです。</p>



<p>結構な労力や力が必要で、<strong>「面倒くさいな」と感じたのを覚えています</strong>。</p>



<p>次に、意外にも“死”に対しての恐怖心はあまりなかったということ。</p>



<p>いざ実行となると死ぬのが怖くてできない。</p>



<p>そうなると思っていたのですが、そこは問題ありませんでした。</p>



<p>最後に、やっぱり命の重みが私にのしかかってくるということ。</p>



<p>この経験を得て、私はどれだけ辛いことがあっても</p>



<p><strong>死ぬという選択肢は取れないのだと気づいたのです</strong>。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現在の「死にたい」という気持ち</h2>



<p>今になっても「死にたい」と思うことは頻繁にあります。</p>



<p>いろんな経験を経て、私は人にストレスを感じるようになりました。</p>



<p>そんな私が、人としてこの世の中で生きているのだから、</p>



<p>当然、この気持ちは無くなりません。</p>



<p>実際に「死にたい」という意味ではありません。</p>



<p>あくまで、「面倒くさいから終わりたい」という気持ちです。</p>



<p>もし、<strong>ストレスを感じない方法があれば、死ぬ必要はありません</strong>。</p>



<p>ただ、何十年必死に調べても、そんな方法は存在しないのです。</p>



<p>他人に悟られることなく、相手に合わせて対応し、</p>



<p>一人ひっそりと、この感情を押し殺していくしかない。</p>



<p>これからも、そんな意味のない人生を、ただただ繰り返していくのでしょう。<br><br><br><br></p>



<p>「死にたい」と思ったことがある人は、少なくないと思います。</p>



<p>人によって、とらえ方や程度はそれぞれ違うでしょう。</p>



<p>同じように感じてる皆さんも、きっと本当に「死にたい」わけではなく、</p>



<p><strong>それしか選択肢が無いからだと思います</strong>。</p>



<p>いつか、最善の解決策が見つかることを、心から願っています。</p>



<p>最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。</p>
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