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	<title>親子関係に悩んでいる人へ &#8211; しのぶの備忘録</title>
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		<title>母親が私の世界だった【後編】──世界が壊れ始めた日</title>
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		<dc:creator><![CDATA[しのぶ]]></dc:creator>
		<pubDate>Thu, 08 May 2025 12:00:00 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[家庭環境・親との関係]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[ギャンブル依存]]></category>
		<category><![CDATA[ネグレクト]]></category>
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		<category><![CDATA[家族との距離感]]></category>
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		<category><![CDATA[親子関係に悩んでいる人へ]]></category>
		<category><![CDATA[過去を振り返る]]></category>
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					<description><![CDATA[「母のために生きてきた」その思いが、私の目を曇らせていたのかもしれない。 尊敬していた。感謝していた。何ひとつ疑わなかった。けれどある日、私は気づいてしまった。「この人は毒親であり、私が信じていた家庭は、幻想だったのかも [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[
<div class="wp-block-group is-style-dent_box"><div class="wp-block-group__inner-container is-layout-constrained wp-block-group-is-layout-constrained">
<p><strong>「母のために生きてきた」<br>その思いが、私の目を曇らせていたのかもしれない。</strong></p>



<p>尊敬していた。感謝していた。何ひとつ疑わなかった。<br>けれどある日、私は気づいてしまった。<br>「この人は毒親であり、私が信じていた家庭は、幻想だったのかもしれない」と。</p>



<p>その日から、私の世界は、急速に反転していったのです。</p>
</div></div>



<h3 class="wp-block-heading">非常な真実</h3>



<p>私は高校生の頃から、アルバイト代の一部を家計の足しとして母に渡していました。</p>



<p>社会人になってからも、それは変わりませんでした。</p>



<p>自分の生活は最低限に抑えて、できるだけ多くを渡していたのです。</p>



<p>その中には、家計だけでなく、ある“特定の目的”のために渡していたお金もありました。</p>



<p>けれどある時、ふとしたきっかけで、衝撃の事実を知ることになります。</p>



<p>私が渡していたそのお金のほとんどが、<strong>両親のギャンブル代に消えていた</strong>のです。</p>



<p>そして、本来の目的には一切使われておらず、</p>



<p>それどころか、私は自分名義の借金を抱えることになっていました<strong>。</strong></p>



<h2 class="wp-block-heading">見て見ぬふりをしてきた過去</h2>



<p>私の家庭は貧しく、両親も共働きで忙しく、帰宅はいつも遅かった。</p>



<p>仕事が休みの日でさえ、疲労がたまって寝ているか、家の外で何かしらの用事に追われていた。</p>



<p>それでも私は、</p>



<p>「お金がなくても、親がいない時間が多くても、皆で協力し合ってそれなりに幸せな家族」</p>



<p>──そんなふうに思い込んでいました。</p>



<p>でも今振り返れば、それは私自身の“合理化”によってつくりあげたイメージに過ぎなかったのです。</p>



<p>「おかしい」と感じた違和感に、目を向けないようにしていただけでした。</p>



<p>そうしないと、自分の中の“家族”が壊れてしまう気がして。</p>



<h2 class="wp-block-heading">愛情と尊敬は、失望に変わった</h2>



<p>それから私は、すべてを悟ってしまいました。</p>



<p>「貧乏だから仕方がない」――そう思い込んでいた現実は、</p>



<p>ただお金がギャンブルに消えていただけだった。</p>



<p>食べるものがなくて我慢した日々も、</p>



<p>欲しい物を諦め続けたことも、</p>



<p>家計を支えるためにと節約を徹底していたことも――</p>



<p>すべてが、意味のない犠牲だったと知りました。</p>



<p>両親が家にいなかったのも、仕事や用事のためだと思っていた。</p>



<p>けれど本当は、仕事が終わったあとも休日も、毎日のように二人で遊びに出かけていたのです。</p>



<p>そして後に、これはネグレクトだったのだと理解しました。</p>



<p>それまで母に抱いていた感謝や尊敬の念は、</p>



<p>気づいた瞬間に、そのまま裏返しのように<strong>怒りや絶望</strong>に変わっていきました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">そこから私は、関わりを断つ努力を始めた</h2>



<p>社会人になってから一人暮らしを始め、私は少しずつ母との距離を取るようになりました。</p>



<p>会いに行く回数を減らし、連絡の頻度も控えるようにしていきました。</p>



<p>話すことがあっても、必要最低限の会話だけで済ませ、態度もどこか冷たくなっていったと思います。</p>



<p>それでも——</p>



<p>幼い頃、母が必死になって私を育て、命をつないでくれたことは紛れもない事実です。</p>



<p>あのときの愛情が嘘だったとは思いませんし、私の命にとって本当に必要な存在だったのも確かです。</p>



<p>だからこそ、私は完全には母を見放すことができませんでした。</p>



<p>心のどこかで「でも、あの人はあのとき本気で私を助けてくれた」と思ってしまう。</p>



<p>その思いが、私を何度も立ち止まらせ、突き放すことに罪悪感を抱かせたのです。</p>



<p>結果として、つかず離れずのまま、曖昧で不安定な関係が、ずっと続いていくことになりました。</p>



<h2 class="wp-block-heading">現在の心境と母との関係</h2>



<p>あれから月日が経った今も、時折、母と連絡を取ったり、顔を合わせることがあります。</p>



<p>これまでの経験を通して、私の中では「何を優先すべきか」や、「母親をどう捉えるか」という落としどころが見えてきました。</p>



<p>今では、自分を守りながら関わるための“距離感”を保つことで、バランスを取っています。<br><br><br></p>



<h3 class="wp-block-heading">たどり着いた答え</h3>



<p>母は歳を重ね、いまは独り身です。</p>



<p>寂しさからか、時折、私にすがるような連絡をしてくることもあります。</p>



<p>けれど、私はもう「自分の人生を最優先する」と決めたので、すべて応えることはしません。</p>



<p>それでも、年老いて弱っていく母の姿を見ると、どこか憐れみや同情のような気持ちが湧いてくるのも事実です。</p>



<p>完全に切り捨てることはせず、年に数回ほど、連絡を取る程度の関係を続けています。</p>



<p>母親の正体を知り、距離を置くようになってからも、</p>



<p>何度も振り回され、怒りや違和感に苛まれました。</p>



<p>けれどある時から、</p>



<p>「この人は正常に物事を考えられない、かわいそうな人なんだ」</p>



<p>そう思うようになったのです。</p>



<p>命の恩人であること。</p>



<p>尊敬の念があったこと。</p>



<p>同時に、憎しみや嫌悪が湧いたこと。</p>



<p>それらは矛盾しているようで、</p>



<p>今は、<strong>共存していてもいい感情</strong>だと思えます。</p>



<p>距離は取っているけれど、完全には切らず、</p>



<p>私なりの“答え”として、この関係を保っています。</p>
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